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町人の死者は47OO人に達し、ほとんどが圧死だったという。
武家方は、おそらく18OO人余りの死者だったと推定されている。
ように1853年から55年にかけては特別、巨大な地震が多かった。
外からは開国を迫られ、内は地震に揺れる。
まさに幕府にとっては内憂外患の3年であった。
復旧費用は天保の改革に失敗した幕府の財政を逼迫させたであろうし、何より人心を為政者の一新に向かわせたに違いない。
日本には、中国の影響であろうか古くから「天変地異が起こるのは、政治が悪いからだ。
権力者が悪いから、天が罰しているのだ」という考え方がある。
たとえば、818(弘仁9)年、関東諸国にマグニチュード7.5以上の巨大地震が起きたときは「災害は天皇の不徳に対する天の警告である」という考え方に基づき、詔(天皇のおおせ)が発せられ、地域の民に免税や救済の措置がとられた。
江戸末期の人々も、相次ぐ地震に幕府を見限る気持ちが高まっていったのではないだろうか。
後1856(安政3)年にも江戸北方でマグニチュード約6.5と6の地震があり、政治的にも明治維新(1868年)という大改革が起こる。
為政者は変わっても残念ながら地震国日本の揺れは収まらず、1891(明治24)年にはマグニチュード8.Oの濃尾地震が起こる。
死者74OO人余りにのぼり、西洋の先端技術を駆使したレンガ造りの工場や、東海道線の鉄橋が瞬時に倒壊した。
ときから、地震国日本では独自の建築を研究する必要があるという認識が高まったのだ。
1922(大正2年)、数年前からマグニチュード6~7の地震が続いていた関東地方で、ついにマグニチュード7.9の大震災が勃発した。
震源は相模湾の小田原沖。
ちょうど昼どきで火を使っていた家が多く、また風が強かったこともあって大火災を引き起こし、日本の災害史上では最悪の一4万人を超える死者、行方不明者を出した。
被害は、神奈川・東京を中心に千葉.埼玉.静岡.山梨の6都県に及び、消失家屋は44万7000戸、全半壊25万4000戸。
被害総額は前年の一般会計予算の約3.7倍にあたる55億円に達した。
当時のGN幕末から明治大正へと社会が大激変した70年間は、絶えず大地震におびやかされた7O年でもあったが、決して特別な時期ではない。
地震国日本に生きる私たちにとっては、大昔から何度も繰り返されてきた出来事なのである「大地震は一度起きると連発する」という教訓でもある。
という記事があった。
「解析によると、微動は大地震の翌日から愛媛県西部の沿岸部で活発化、北東方向の内陸部や南西方向の豊後水道側に発生域が移動した。
活動に伴って、地殻のわずかな傾きも検知された。
こうした明確な活動は8カ月ぶりだという。
低周波微動は、地域の地下30キロ付近で年に何回か断続的に多発しており、周辺部の地震で誘発されることがある。
スマトラ沖の地震は、はるか遠方で起きたが超巨大だったため、誘発された可能性があるという」。
政府の地震調査委員会の津村建四朗委員長は「これを引き金に何かが起きるわけではない」と話したというが、先のT大学地震研究所のS教授によれば、ある地震が新たな地震を呼び込むというのは、地震の基本的な性格であるという。
日本列島は地震のデパートでもある日本が名実ともに地震大国であることがわかったところで、地震が起こるメカニズムを説明しよう。
地震とは、地球が内部で活発に活動している証でもある。
まず地球の内部がどうなっているかを図表で見てほしい。
五層に分かれているが、とりあえず地震に関係しているのはマントルの部分である。
上部マントルは約1O個の硬い岩盤から成り、岩盤はプレートと呼ばれる。
ところが下部マントルは、やわらかくドロドロと流れている。
ため、上部のプレートは不安定で絶えず動いており、そうなると当然一番外側にある地殻も安泰というわけにはいかないこれをプレートテクトニクスという。
か?2O世紀にドイツのウエゲナーが提唱したもので、現在地球上にある五大陸は3億年前には大きなひとつの塊だったというのである。
五大陸の輪郭が、割れた花瓶の破片のようにピッタリと一致するところから着想を得たのだが、当時は一笑に付された。
一塊だった大陸が、いったいどのようにバラバラになったのか、科学的メカニズムがまったく立証されなかったからだ。
ところがプレートテクトニクス理論が確立され、現在ではウエグナーの説はほぼ定説と認められている。
つまり地下のプレート運動により、海底を含む地殻全体が移動しており、それにともない億年単位で地形は大きく変化するのだ。
プレートテクトニクス理論によって地震のメカニズムがすっきりと理解できるようになった。
もう少し、詳しく見てみよう。
地殻の下では、プレートという大きな岩の塊がゆらゆらと動いているのだ。
地震が起きやすいのは、プレートとプレートの境界である。
境界はプレート同士の動きによって、「離れる境界」「近づく境界」「ずれる境界」の3つに分類される。
新しいプレートでできている。
ンがある。
いずれにしろプレートの境界部は消滅する。
沈み込みには、比較的なめらかな場合と、ねっとりとひっかかる場合がある。
ひっかかりが強い場合、ある程度沈み込んだところで、沈み込まれた方がひょいと戻ることがある。
これが大地震となるのだ(図表)。
レート内部に亀裂が入りやすい。
先ほど、アルプスからヒマラヤにかけてと太平洋をぐるりと囲んだ地域は、地震が多く今も山脈が成長していると説明したが、理由は、つまり地域が、ユーラシアプレートと他のプレートの、太平洋プレートと他のプレートとの「近づく境界」だからなのである。
以上がプレート境界型地震と言われるものである。
2OO4年暮れにスマトラ沖で起きた地震もインド・オーストラリアプレートとユーラシアプレートの境界であった。
一方、一般的にプレートの内側は安定して地震が少ないと言われる。
が、2OO%。
はないのが世の常。
しばしば、プレートの内側が壊れてしまうことがある。
言わばプレート内地震であり、阪神・淡路大地震のように内陸直下型と言われるものが、これにあたる。
さて、プレートテクトニクスのおかげで、なぜ地球上に地震が頻発する地域と、そうでない地域が存在するのか、おわかりいただけたと思う。
プレートの境界が危ないのである。
世界の震源分布とプレートを地図上に表した図表を見ると、地震が多発する場所Hプレートの境界であることが一目瞭然となる。
そこで、我が園、日本を検討してみよう。
図表は、日本付近のプレート状況を示したものだが、驚くなかれ。
日本は、4つものプレートが接し近づきあう境界の上に乗っかっているのである。
世界の地震の1O%は日本で起きるというのも、うなずけよう。
特に北北西に年間3センチのスピードで沈み込んでいるフィリピン海プレートは、嘉永小田原地震(マグニチュード約7)、安政東海地震(マグニチュード8.4)、関東大震災(マグニチュード7.9)のような大地震を繰り返しひき起こしている。
現在マグニチュード8クラスの巨大地震がいつ起きてもおかしくないと言われ、警戒が高まっている東海地震もまたプレートのしわざなのである日本の地震には、顕著な特徴がある「なんでもあり」ということだ。
日本では、プレート境界型はもちろん、プレート内地震(直下型)、火山性地震、群発地震と、ほとんどの種類の地震が起こっている。
